核が題材となった 映画作品を 紹介

世界はゆっくりと混沌へ

待っていたのは

まだ辛うじて文明を保っているオーストラリアから一路離れてアメリカ海軍として本来帰らなければならない場所である、アメリカへと向かった。そこは雪か灰か分からない白く世界が閉ざされた封鎖的な空間が待っていた。タワーズ中佐は副長と共に上陸をして、メールの発信源を探すべく捜索活動を行う。生存者がいるかどうかの確認も兼ねてだが、何処を探しても人の気配すら感じない状況に、段々と暗雲が立ち込めてくる。けれどメールが送られてきたのだから誰か居るはずだと、そう信じて疑っていませんでした。けれど彼らの願いは天には届かなかった。

訪れたのはテレビ局、そこのデスクで力尽きていた女性がパソコンをいじっていたが、内蔵されたソーラーパネルによる電力供給によるシステムが誤作動してメールを送っていたのです。誰かきっといる、そう思い続けていたタワーズは思わずため息と共に絶望がこみ上げてくる。加えてメールに記されていた『絶望するな』とは、核戦争が起こる前に放送されていた動物ドキュメンタリーの番組でアナウンサーが使用していた原稿のセリフだった。

何もかもが無駄だった、ここまで来て結局無駄骨だったと誰もが痛感せざるを得ません。もしかしたら助かる可能性もほんの僅かに残されていたかもしれないが、全て摘み取られてしまった。やがて物語の世界は完全な終焉へと歩みだしていくのです。

終わりに近づく度に

アメリカの惨状は予想をしていた以上に酷いものだと乗組員たちは改めて目の前にあるのは絶望だけだと、打ちひしがれてしまいます。通信士の1人は海の上で死ぬことを決意して1人残され、オーストラリアへと帰還する艦内ではありったけの食料を用いて晩餐を開こうとするタワーズの心遣いが振る舞われる。今だけは絶望に囚われないようにする心遣いが何とも痛々しい。ただそんな船内で確実に放射能汚染によって病魔に蝕まれていたのが、タワーズの右腕でもあった副長だった。

タワーズと共に探索を行っている最中、気づかない内に防護服が敗れてしまっていたのです。帰還した直後には重度の白血病を患ってしまい、既に助かる見込みがないという状況までになっていた。副長だけでなく、彼以外の船員たちも次々病に倒れていき、船内は放射能によって身体を冒された病人で溢れかえっていた。確実に、そしてゆっくりと訪れようとする死に誰もが恐怖する、それはタワーズも例外ではありません。

けれど彼が衝撃を受けたのは、帰ってきたオーストラリアが出港した時とは打って変わって秩序の維持など何処にもない、完全なスラムと街全体が化していた。略奪・殺戮・暴動、何をしても止める人がいない、暴力だけが支配する世界に改めて世界の終焉が近づいているのを感じさせる場面の連続に心が痛みます。ですが現実にこうなるだろうと考えると分かるかもしれません、もう死ぬことが決定した世界で誰を取り締まり、無駄に正義をかざしたところで誰も褒め称える人もいなければ、罪を犯しても裁かれる心配もないのだから。

ホームズ家族の最期

タワーズの部下の1人で唯一家族がオーストラリアにいたことで助かったピーター・ホームズにも死を迎えようとする動きが出てきます。何処にも希望がなかった、その報せを聞いて妻のメアリーが一番嘆き悲しんだ。彼女自身がきっと希望がある、そう信じて疑っていなかったのでしょう。妄執めいた理想を打ち砕かれてメアリーは嘆き悲しむも、それでもピーターと愛する娘との三人が一緒ならそれでいいと考えるようになります。

その後街の後退化によって最期を迎える住宅に引っ越した後は、平穏な日々を過ごしていました。そして放射能はこの小さな家族を襲い、最初に娘が重度の放射能汚染によって身体が衰弱していきます。娘の状態を認めたくないメアリー、このまま苦しむよりも薬を使って三人同時に逝くべきだと考えるピーター、その考えに同調してベッドの上で安楽死という結末を迎えた。

家族がいるからまだ安心して死ねたと言って良いでしょう、何せ作中では絶望のあまり自動車のスピードを限界まで上げて衝突事故を起こして死ぬという最期を迎えた人物もいたくらいだ。そう考えれば、作中で一番幸せな死に方をしたのはこの家族といえるかもしれません。

タワーズ艦長の選択

誰もがゆっくりと自分の死に方を定めていく中で、タワーズ艦長は軍人としての死に方か1人の男としての死に方という天秤に悩まされます。元は家族を持っていた彼だが、戦争の折にすべてを失ってしまったこともあり、オーストラリアで知り合ったモイラといつしか想いを寄せ合う間柄にまでなっていった。それでも彼は部下を引き連れる潜水艦の艦長として、その責任を果たさなくてはならない。決断に迫られる中でクルーたちに対して死を恐れるなとメッセージを遺すも、置いていけないとして彼が取った選択は生涯で最期となる愛する女性とその瞬間を迎えようと言う決断だった。

モイラにしてもいて欲しいと願っていた男性が去ってしまったと悲嘆と絶望に苛まれる中で現れたタワーズを見て安心しきった様子を見せる。言うなれば、死を覚悟したと言ってもいいでしょう。

エンドロールの物悲しさ

ここで物語は終幕となりますが、もう誰ひとりとして助からないという前提で見なければ心落ち着かない作品と言っていいでしょう。原作とは多少なりとも展開こそ違えど、ほぼ忠実に再現していると言っていいでしょう。ラストは軍人らしく、潜水艦を沈没させて海で死のうという選択肢を選んでいる分、また違った見方が出来ますが。

核戦争を題材にした映画作品の中でこれほど悲観的な結末を迎えた実写映画もないでしょう。ですがこのエンド・オブ・ザ・ワールドよりも遥か上をいく絶望する映画があった。