核が題材となった 映画作品を 紹介

核爆弾の恐怖

先達たちが味わった苦しみ

ブラックハットはいわゆる原子力発電所の炉心融解による恐怖が1人のハッカーの手によって引き起こされ、放射能汚染が起こるのではないかと危惧された事態がテーマになっている。日本にとって原子に関する話題は歴史上に数度起こっている。一つは広島、一つは長崎、そしてもう一つが福島だ。最後の福島に関して言えばまだ5年という歳月しか経過していないことにも驚きだが、広島と長崎に至っても半世紀を過ぎたところで、誰も忘れることが出来ない歴史的瞬間と言っても良い。

ただ今の時代をいきる人達の大半が昔の歴史よりも福島の原子力発電所が炉心融解を起こした、という点が一番覚えているはずだ。広島と長崎、それに福島では状況は違えど共に原子力という日常のエネルギーとして利用されていたものを兵器運用のために研究・開発が続けられていて完成したのが『原子爆弾』です。その衝撃は今でも伝え聞かされている、また2011年のあの時は実際に放射能汚染という問題を直に気にする立場になる日が来るとは誰も夢に思わなかったはずだ。

それは筆者とて同じこと、あれだけの震災が起こり、天災による津波などによって1万人以上が死亡・行方不明となり、二次災害に原子力発電所と来ているのだから忘れられるわけがない。ブラックハットもそうした核に関するテーマを取り上げて入るわけだが、何分弱いと感じるところがあって仕方がない。それもそうだろう、核に関する恐怖を描いているというよりは完璧超人の主人公が中国系の美女と恋愛する映画に成り下がってしまったのだから、やるせなさが半端ない。

原子力というものの扱いを一つ間違えば取り返しの付かない事になると、そう改めて考えさせられます。

原子爆弾について

言わずと知れた原子爆弾は現状、日本に投下された『リトルボーイ』と『ファットボーイ』の二基のみとなっている。人類史を通して見ても、これほどまでに凄惨な状況を生み出したものはないと言われる傷跡を残し、日本に傷跡を残した悲劇とも言うべき歴史を生み出した。しかしだ、逆に言えばこの原爆投下という一件がなければそれ以上に酷いことになっていたと言われている。投下された直後、もしボツダム宣言で降伏宣言をせず、宣戦布告をしていたら日本はもう一個の国として成立する事が出来ないほどの追い打ちをかけられそうになっていた。

実はこの原爆投下で日本の士気が挫かれなければ九州と関東、両方面からアメリカやまだ旧ソ連と呼ばれていたロシアによる複合軍の上陸作戦が決行される予定だったというのです。広島と長崎、猟犬で100万人以上が一瞬の内に灰燼と化したあの惨劇よりもずっと、主権国家として機能しなくなるほどの惨状が起こり得たかもしれないのだった。

そもそも勝てる戦争ではなかったのは当時の軍人でも分かっていた、にも関わらず自国の無謀すぎる軍国主義に加えて、日本の恥知らずな行動がもたらした行動による責任とも考えられます。無論日本が悪いわけではないにしても、核兵器を使って黙らせられなければ下手をすれば日本は地図上から消えていた可能性が否定出来ない。そう考えると原爆は肯定できなくても、敗戦という形に持って行けたことは納得すべき点ではないでしょうか。

被災者側からしたら

こうした意見を唱えると、おそらく被災者の遺族や家系から批難が飛んで来ることでしょう。そういう問題ではない、自分たちはあの忌まわしい原爆のせいで今でも病に冒されているんだと言ってくるはずだ。先に言っとくと原爆投下を肯定したわけではない、問題は『仮に原爆投下でも日本がまだ戦う気を残していたら』というifを説いているだけに過ぎない。そんなことになれば女子供関係なく、重要文化財なども一切合切蹂躙されつくされたに違いないはずだ。

被災した方々は原子爆弾の熱線や衝撃といった物理的な問題だけでなく、原爆によって起こった放射能汚染により重篤な病魔に犯されるようになったことを意味している。それは当然、福島の原子力発電所で起こった炉心融解にも関係する話ではある。ただこれもどちらかと言えば的外れな言い方に見えて他ならない。

核の恐ろしいところは

核の恐ろしいところは何かと問われれば、やはり命あるものを一つ残さず喰らい尽くしてしまうところだろう。爆発が起きる瞬間もだが、その後に残された放射能汚染によってもだ。日本は原子爆弾という作用により戦意喪失をせざる得ない技術力の差を思い知らされて降伏を決意した。何千人もの兵士として駆りだされた人々が戦死したという事実も含めて、あの大戦で何が残せたのだろうかと。

けれどやはり最終的に教訓として世界に残されたのが『原子爆弾による攻撃』がどれほど恐ろしいものかという点ではないだろうか。生きるもの全てをいつかは蝕んでいく、ゆっくりと静かに、死神は足音を立てながら背後からのそっと近づいてくるわけだ。

原子爆弾、あるいは核爆弾の恐ろしさを物語る映画としてブラックハットはどうにも弱い、ではもっと荒廃的でこれほどまでに明確な終わりを予感させながら絶望的なエンディングが待つ作品はないという映画を2つほど紹介しよう。