核が題材となった 映画作品を 紹介

最期の瞬間まで

きっと助けは来ると

話を物語に戻すと、核爆弾による攻撃から辛うじて助かった二人はそこから落ちる以前の生活へと戻ろうとします。どんなに世界が豹変しても自分の生活が変わることはない、そう言いたそうな雰囲気を見れば分かるように、今作から漂う異常な雰囲気に読者、あるいは視聴者を飲み込んでいく。家の中にある僅かな保存食などを食べていき、電気や水道も止まりライフラインすらまともに稼働していない状況であるにも関わらず、『これが普通、そしてきっと助けが来てくれるに違いない』と、あってないような核心に満ちているのだから空恐ろしい。

呑気、という言葉をあまり使いたくないのだが使うしかない。この呑気な老夫婦は自分たちが既に放射能汚染に蝕まれており、早く治療しなければ取り返しの付かないことになる、ということにもすら気づかないまま時間を過ごしていった。

決定的な瞬間

けれどいつまで経っても二人が来ると信じて疑っていなかった救援は来ず、更にいつも利用している新聞配達も牛乳配達も来ない。ここでもジムはきっと皆が人出を割いて救助活動をしているのだろうと、そう思い込んでしまうのだ。ヒルダもそれに納得して疑わず、彼らは一度思い切って近くの街まで出かけることにした。そこは荒れ地とかして人の気配すら感じないほどの被害をもたらしていたのです。誰もいないこと、飲み水などの非常食もない中で突然降ってきた黒い雨。困っていた二人には天の恵みといって家にある水を貯めておける容器を出していく。

この時点でそれはダメだと思うのが、今の人の反応でしょう。何せ上空にも放射能が帯電するかのように鎮座しており、雨水と一緒に落ちては人に害悪をもたらすからだ。恵みでもない水を飲もうとする際、煮沸消毒すればいいとしてお茶を飲むシーンへ繋がる辺りから段々と見ていられなくなってくる。少なくとも筆者は見ておかないとまずいだろうと思って見ていたが、無知とはここまで恐ろしいほど逞しく無謀な生き方ができるのかと思い知らされたものだ。

この時からどうしようもなく、そして訪れるだろう結末を予期していたのかもしれません。

やがて

そして老夫婦に身体への不調が表面化していきます。最初は頭痛から入り、次に全身を襲う発熱に倦怠感という風邪のような症状で二人は襲われます。進行する身体変化が目に見えて起こったのはヒルダの方が先立った、いつまで経っても来ない救援と自身の体調が悪くなっていく中で段々と不安を追い抜いて絶望が押し寄せてきた。それでもヒルダは家を掃除しないといけない、料理をしないといけないと、普段通りに家事をこなそうとする辺りが胸を締め付けられます。

やがて家の中でネズミが出たことがきっかけで精神崩壊を起こす寸前まで叫ぶものの、ジムが必死に彼女をなだめて大丈夫だと言い続けた。そんな彼もまた、ヒルダの後を追うようにと体調を悪化させていく。シェルターに入っていれば大丈夫、パンフレット通りに動いているのだから平気なんだと、どこから来ているのかわからない確信があったのでしょう。ジムの励ましに応じるよう、ヒルダも残っている力で互いを鼓舞していきます。

多分だが、この時結果が見えていたものの少しだけ希望が生まれないかと思ったものだ。ただそれも虚しい願いでしかないと痛感させられる。

力尽き、そして……

今作の衝撃はラストまで残されています、二人は高濃度の放射能汚染により冒されて体調悪化は避けられず、白血病とも言える症状に蝕まれていきます。ラストまで10分程度にもなると、もうソファーから立ち上がることも出来ず、やつれていくジムとヒルダの二人を見た時は原作と映像共にその衝撃が計り知れなかった。このままひっそりと息を引き取ってくれればまだ良かったのかもしれない、けれど二人はある意味では良識ある人だったのが災いしてか、最期にとんでもない奇行をする。

それはなんと紙袋に入って、次の核爆弾に備えようというものだった。物語冒頭時、紙袋をかぶれば放射能も防げるかもしれないというジムの発想があったのだが、ここでまさか出てくるとはさすがに予想しなかった人が多かったでしょう。意識が朦朧としながら最後の力を振り絞るように全身を紙袋に包まって、シェルターへと向かう。この時の紙袋に包まって動く映像に底知れぬ恐怖と、待ち構えているエンディングを改めて予感させられた。見ていられないと言えなくなるくらい、画面、または紙から視線が外せなくなります。もぞもぞとシェルター内に入っていく二人、最期にジムが顔を出してつぶやく。

『大丈夫、明日になればきっと、きっと……』

きっと、という言葉の先に繋がる希望など彼らにないことはここで誰もが理解したはずだ。ここで物語は終幕となり、ジムとヒルダという老夫婦は二度と自作のシェルターから出てこなくなった。

原子・核をテーマにした話

このように、原子力や核といった話をテーマにした作品になると大部分が鬱展開となる、それもとびきり極上のだ。ブラックハットの世界観がいかに平和地味た内容なのかが見て取れる。ハッキングされて水蒸気爆発こそしたけれど、それ以上のことは起こらずじまいだ。主題こそ違うのかもしれませんが、『核』という単語を関連させる作品としてはエンド・オブ・ザ・ワールドと風が吹くときの二柵品を超えるものはないと言って良いのかもしれません。

因果な作品に出会ったものだと、個人的には考えている。特にエンド・オブ・ザ・ワールドを地上波で放送された際に見た時は、こんなの見たくなかったと思わされたものだ。